HOME >> パネライの歴史 >> パネライ社の発展
スポンサード リンク
パネライ社の発展
1910年、グイードが硫化亜鉛と臭化ラジウムで作った発光素材を開発、時計の文字盤や照準や望遠鏡に初めて採用されました。後のラジオミールです。1914年にはこの素材をさらに開発するためにグイードは軍に入隊し、1915年には銃や大砲への利用により特許を取りました。
第一次世界大戦では、イタリア海軍とパネライは照準機器や魚雷艇の深度計や測定器に、グイード考案の精密部品を共同開発し、採用しました。
1917年にはカルロ・ロンコーニの出資に伴い、時計の文字盤や高度計、速度計にもラジオミールを利用するようになり、グイードはさらにいくつか特許を取りました。
1918年、ジョバンニ・パネライの息子でグイードの父親、レオン・フランチェスコ没。
1920年、グイードと息子のジュゼッペがクロノグラフ(ストップウォッチ機能を備えた多針タイプの時計)の新製品マーレ・ノストルムをデザイン。マーレ・ノストルムは1993年に一般向けに限定販売され、大変な人気となりました。
« 一つ前のエントリーへ | メイン | 次のエントリーへ »
このエントリーをお友達にも教える
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150
HOME | サイトマップ

