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パネライの創成
パネライの創設者ジョバンニ・パネライは、1825年イタリアのフィレンツェで生まれました。
1850年、25歳のときにポンテ・アラ・グラーツィエに小さな時計店を開きました。そして、スイスの時計職人とも交流しながら何箇所か引越しした後、1876年にプラーチェ・サン・ジョバンニに落ち着き、ジョバンニの25歳の息子のレオン・フランチェスコが後継者となりました。後にレオン・フランチェスコの息子の(ジョバンニの孫)グイードの代になると、より精密な時計製品の製造が確立し、王立イタリア海軍に正式に採用されました。
1897年、ジョバンニ没。
1900年、フィレンツェのプラッツァ・サン・ジョバンニにOrologeria Svizzeraとして本拠を移しました。培ってきたスイスの職人と培ってきた絆が、店名に現れています。現在でもこの場所に、パネライのブティックとこの店名の看板がのこっています。
この頃、イタリア国防省が光学精密機器を初めて発注したのがパネライでした。パネライは時計だけではなく、さまざまな精密機器部品を大量に製造するようになっていたのです。
1907年に発行された商品カタログは五万部、世界最大の時計カタログでした。
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