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パネライ社の歴史・1940年代
1943年、パネライは最初のクロノグラフ「マーレ・ノストルム」を発表しました。海軍の甲板士官のためのものです。残念ながらマーレ・ノストルムは。当時の戦況のため製品化までには至らず、原型のままで製造がストップしてしまいました。
この頃、パネライのラジオミールには、文字盤の側面に、竜頭にかぶさるようにして保護するための部品が取りつけられ、そのおかげでラジオミールは海中200mの深さにまで耐えることができるようになりました。200mというのは、当時の時計の耐用深度としてはとんでもなく画期的な数字です。この竜頭ガードは今でも人気があり、デクリという名称で知られています。
ルミノールの特許を取得、文字盤等に使用される発光素材は、以前にグイードが考案し用いられていた素材・ラジオミールに代わり、トリチウムを用いたものとなりました。現在でもパネライの時計の名前として知られている「ラジオミール」と「ルミノール」は、元々はどちらも発光素材の名称だったのです。
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